2011年4月アーカイブ

墨東まち見世2010が終わりました。

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こんにちは、おおはしです。
 
さて、3月31日、年度の区切りをもちまして、
墨東まち見世2010は終わりました。
(スカイツリーが634mに達するのと時期を同じくして終わりました)
 
 
3月の企画はほとんど中止になっていたので、
表向きにはもう終わっていたようなものですが、
 
31日にアトレウス家を引き払って、いろんなお別れを済ませたら、
当然のことながら、わたしたちの気持ちの中では(もちろん、業務的にも)
まだ終わっていなかったと実感しました。
 
 
2010のまち見世はなかなか複雑な構成になっていて、
「いつ、なにがやっているの?」と聞かれることや、
ネットワークプロジェクトと100日プロジェクトの違いを説明することが、
会期中とても多かったです。
 
もっとわかりやすい構成にした方がよかったのだろうけれど、
この構成はわたし達なりに何度も話し合って、
このまちを一番広く、新しく見てもらえるように、
また、わたしたち自身も見たいと考えて作ったものでした。
 
その試行錯誤も含め、
わたしは2010年度の構成はとても好きで、
素晴らしいものができたのではないかとおもっているのです。
(もしかすると単なる自己満足なのかも知れませんが...)
 
ネットワークプロジェクトは、このまちに住んでいるアーティストや、
このまちでもともと活動をされている方、このたび活動を始める方、
このまちを知っている方のご紹介で参加していただいた企画が主で、
 
2000年前後に始まった向島でのアートプロジェクトの流れを汲んだ、
まさに「ザ・墨東」なプロジェクトになったと思います。
 
 
そして初めて墨東で作品を作っていただいたアーティストの方々、
 
「墨田区在住アトレウス家」長島確さん
「By The Window 墨東バージョン」池田光宏さん
《トーキョー・テレパシー》山城大督さん
 
どの作品も墨東にとって新しく、大きな作品だったと、
振り返ると強く思います。
 
偶然なのかもしれないし、わたしだけが感じることかも知れないけれど、
どの作品も「想像すること」を喚起させる作品だった気がしました。
(現代美術作品の多くはそうなのかもしれませんが。。)
 
 
想像すること、このまちにおけるひとつの視点、
目に見えているもの、その向こう側にある(かもしれない)世界、
自分がいる世界とそこ、いくつものタイムライン、いくつもの物語。
 
 
そういう「想像」って、
日常を愛したり、楽しんだり、人を思いやったり、
まちの中で人と一緒に生きて行くのに必要なことだなあと
考えてみたり。
 
今もよそのまちのどこかで、
引っ越したアトレウス家一家は生活しているのだろうし、
 
夜に窓からもれてくる、影絵のような人々の生活は今もあり、
わたし自身の日々もそれであり、
 
このまちのどこか、もしくは日本のどこかにいる、
出会うことはないけれど関係ない人ではない誰かを想うとき、
それはテレパシーになって伝わっているかも知れない。
どこかで風船が浮かぶように
 
 
その想像のすべては、震災、原発の問題で混沌とした不安と、
新しいわたし達に対する静かな期待のなか、
多いに働いてくれる作用だと思いました。
 
 
 
ぽかっと幻になってしまった、
山城大督さんの《トーキョー・テレパシー》、
長島確さんの「墨田区在住アトレウス家 Part 3, Part 4」、
向島学会の向島スタディーズ、
39アートの号令で集まってくださった有志企画の数々は、
 
どこかでまた実現されるかもしれません。
再びどこかで、お会いできますように。
 
 
墨東まち見世2010にお越し頂いた皆さま、関係者各位、
本当にありがとうございました。
 
 
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